2026年3月18日水曜日

久しぶり

 絶賛、変革期中。

相変わらず、毎日右に揺られ左に揺られ、と揺らぎを繰り返すのは、てんびん座の宿命なのでそこは気にせず。

そして、セラピストさんに言われた言葉。

「てんびん座は、人を喜ばすことだけ考えてればいいんですよ」

うん、本当に、金言だ。

私はとにかく、人に喜ばれるのが大好きだ。

誕生日プレゼントを考えるのだって好きだし、ちょっとしたサプライズで物を送ったりもする。

自分のお財布事情とか考えたとたん、すべてから楽しさのエッセンスが抜けていくのがよくわかるしね。

人生って、本当に自由なんだ。

社会に属する部分が増えれば増えるほど、まるでレールの上を歩いているような感覚になってしまうけれど。

人生は、どこまでも自由なんだ。

生きることに希望を見いだせずに、命をとじた人もいる。

そんな人が多いのが、わが国だ。

命。いのち。

命は、意の道。

意とは、意図。

どうしたいか?ど在りたいか?

命を運ぶ我々は、常に問われ、常に体現し続けている。

意図を持つことは、意の道に力を与える。

真に自由に、すべてが許されているこの宇宙の中で。

あなたは、今から、どう在りますか?

わたしは、今日も、自分の振動に耳を澄ませ、これまでともに歩んできた尊いこの肉体とともに、今日という唯一無二の一瞬を味わいたいと思います。

2026年1月19日月曜日

消えた実家を見に行こう

 2025年10月末、別れを惜しむ暇もなく、急流に押し流される形で実家を失った。

すべてを終えたときのブログ↓

https://note.com/malumili/n/n331bc2807fff

あれから、何度も夢に実家が出てくる。
昨晩も。

特殊な(相手側の一方的な要求)形での立ち退きだったので、母は、家財道具がすべて揃っている姉の家に身を寄せることになり、処分しきれない家具をすべてアパートの部屋に置いてきた。

私が小学校に入学したときに買ってもらい、『プリント倶楽部』時代のプリクラがたくさん貼られた学習机も、何十年も食事をしてきたこたつ机も、生まれた時からずっと居た(あった、というより“居た”のだ)母の嫁入り道具である立派な食器棚やタンスたちも。

それらをまるごと、すべてを置いて、実家を閉じた。

だからだろうか。
家具たちは、まるで現世との別れを惜しむかのように、繰り返し、何度も私の夢に現れた。

見慣れた花柄のカーテンは、夢の中に吹く甘い風に揺れている。

もう何十年と入ってなかったお風呂のシャワーヘッドまで、まるで昨日使ったかのような鮮明さで思い出され、

「あぁ、そうだった。懐かしいなぁ」

と懐古の念を抱いた瞬間「あれ?まだ取り壊してないんだっけ?」と妙な現実が混じりだす。

あれから母は、何かと理由をつけ実家があったアパートを見に行っていた。

「まだ、あそこに帰れるんじゃないかってくらい、何も変わってなかった」
「昨日行ったら建物ごと無くなってて、ブルドーザーが地面をならしてたわよ」

母がシングルになってそのアパートに引っ越したのは、私が12歳のとき。
そこから私が彼氏と同棲を始める20歳までと、その彼と悲恋を遂げて出戻った2年、通算10年をこの実家で過ごしてきた。
そんな私ですら、恋しいのだから。

どうにもならない父を見切り決死の覚悟で離婚した母は、そこからそのアパートを借り、食べ盛りの子供4人を少ないパートの給料でなんとか食わし、必死に生き抜いた28年をともに過ごした戦友のような“居場所”を失った母の寂しさは、想像もできないほどだ。

今日はこれから、実家があった場所を見にいく。

わざわざ一時間以上、高速に乗ってくの?
往復で五千円はするよ?
なにか“ついでの用事”で行けばよくない?

そうやって、ずっと「実家を見に行きたい」という気持ちを無視してきた。
非効率なことは、怖いのだ。

だけど、昨日の夢に立ち現れた実家が、あまりに恋しかった。
もう無いはずのカーテンを「まだあるなら、少し切って持ち帰ろうか」と思うのは、まだちゃんとお別れできていない証拠だ。

私は“効率よく、何かを得る”ために生きてるわけじゃない。
今、こんなにも私の胸の奥が恋しがってる場所があるのなら、ちゃんとお別れさせてあげよう。

そう思い、私は家を出た。

私は今、高速インターの入り口にあるスタバで、これを書いている。
これから、地元であった葛西へ向かう。

私は今日、どんな景色と対峙して、どんな感情になるのだろう。

また、書きますね。

画像



2023年9月1日金曜日

新しい、私の習慣。

 森本千絵さんが毎日新聞日記を書くように、私はココで、毎日その日を統括するブログを書こうと思う。


今日のパッションNO1は、ウェブショップをやるぞ!っていうこと。

iichiでmahanamakani、BASEでpulehinaをやってから、今回で3回目。

今までは、外側の"お客さんの反応"とかばかりに気がいってしまって、集中してお店を作ってこなかったから、今回はしっかりとお店の世界観からエネルギー込めて作っていきたい!!


バイトに旅行に、と忙しかった8月も終わり、新学期が始まった。

支援級の子たち、結構来てなかったみたいだけど、どうしたんだろうか?

環境の変化に敏感な子たちだから、気にかかる。

息子は、懸念してた行き渋りもなく、楽しかったみたいで何より。多分、事前に用意してた可愛いノートとか、あと一週間前くらいから学校を意識して過ごす、っていうのも効いた気がする。

内側を表現することと、人が見る前提でわかりやすく表現することの中間って、なんだかまだ形が見えないけど、とりあえずやってみます!!


2022年12月7日水曜日

マレット指って、知ってるかい?


いつもより寒い朝。

ササっと着替えて、早く暖房のある部屋へ・・!っと、履いていた着圧タイツをグッと降ろしたその瞬間「んっ?」っと指に違和感を感じた。

全くもって痛くはないけど、なんか、変。

急ぎ足で暖かい部屋へ入って腰を降ろし、さてさて、何が起きたんだ?っと指を確認してみると、私の右手薬指の第一関節が、ぺっこり45度、お辞儀をしている。

「えっ?あらやだ、指つっちゃった?」

足の指をつった時みたいに、まるで意志を持ったかのようにあらぬ方向へと曲がる指。

でも、つっぱり感も無ければ、痛みもない。

むしろ、無感覚。
え、なにこれ怖い。

どうやったら治るの・・?


色々検索してみたところ、

"伸筋腱断裂の腱性マレット指"

っという症状名のケガでした。


しかも、医師によっては

『元通りに回復することは不可能』

って言ってるやつ。



うそーーーーーん



え、だって、ただ着圧タイツをグッて降ろしただけよ?

腱断裂って、そんな簡単に??

ってか、こんなにも簡単に断裂しちゃうのに、
むしろこの37年間、よく断裂せずにくっついてたな!?


ネットで色んな症例みたけど、

「ポケットに手を入れそびれただけで発症することもある」

って書いてあって、
そうなったらもう「腱断裂ガチャやん」って、

私の心に住むエセ関西人が
渾身のツッコミかましてたわ。

『寒い日の着圧タイツ脱ぎ!
高確率出現中!!』ってか。


ありがたいことに、
最近、近所に整形外科が出来たことを思い出したので、
いそいそ行ってまいりました。


毎朝、通りかかるたびに、

出玉イベント開催中!な開店前のパチンコ屋みたいなノリで
行列が出来ている、大盛況の整形外科。


スタッフの皆さんも素晴らしい明朗さと優しさで、
声色だけで寄り添いのハートが伝わってきたし、

猛然とものすごい量の診察をこなしつつも、
一人一人に真摯にしっかりと向き合う
これまた素敵な先生で、

あぁ、こんなに素晴らしい医療が近所で受けられて、

しかも医療費も3割だけで、あとは税金諸々でカバーしてくれる
日本の医療制度よありがとう。。。っと感謝の気持ちで診察を終えました。


私的診察のハイライトは、

ぺっこり45度のお辞儀をまっすぐ固定するために、
"おゆまる"の要領で温めて形状記憶するタイプの装具をつけるんだけど、

痛くならないように慎重かつ丁寧に形を整えながら、
先生がしみじみと、

「なんかさ、、、これ、色とか塗ったら現代美術っぽくなる造形だよね、、」

っと、激務の合間にも関わらず、治療までもを現代アートに昇華させる
先生の人間力と逞しさを感じた瞬間でした。

先生には、心の中のスーパーひとし君を贈呈したいと思います。


前置きが長くなり過ぎましたが、

私はこの突然のマレット君来訪により、
痛烈に実感しました。


「これ、死ぬときも同じ感覚だろうな」

って。


いつも通りの日常を過ごしていたのに、

ふとした "ほんの一瞬" 


とても簡単に、
絶対的に抗えない【出来事】が

人生に現れる。


『え?うそでしょ?』

『なにこれ?本当に??』

『マジか・・・』


人生なんて、いとも簡単に
変わってしまうものなんだ。って。


病院帰りの車の中で、
遠くの山並みを眺めながら感じたそれは、

まさに"小さな悟り"でした。



人間、特別なことも、何もしなくたって、
死ぬときゃ死ぬ。

マレット指だって、
なるときゃ、なる。


大切なのは、いつだって

安心して、今を感じること。

"今"に在る、私を感じること。


いつ訪れるかわからない死に怯えずに、

不安に支配されないで。



今、を感じる。

今、を生きる。


そして、寒い日は決して指先の力を過信しないこと。←



以上、マレットで死を想った現場からでした!
















2022年10月23日日曜日

発達サポーターになってみた。

 2014年から始めたこの誰も見ていない独り言日記。

全世界に解放しているのに、誰にも見られないっていうのが、今の世界の抜け目とリンクしていて面白い。とか言ってみる。

世界は広いようで狭いし、私が見ている世界って、実はものすごく狭いんだよな。


さて、8月に発達サポーターという認定資格を取得した。

このブログでは書いてきているけど、私はずっと、いわゆる"グレーゾーン育児"というものをしてきた。

そして、自分的には「白黒つけるぞ!」っと診断を受けに行ったけど、最終的にわかったのは「人は白黒じゃなく、虹色である」という真実だった。


ずっと、悩んできた。

なんで私は、みんなと同じように生きられないんだろう?って。

でもそもそも、みんなと同じ、なんてまっぴらごめんだ!っといつだって飛び出すのは私の方だったのに。笑

けど、いざ息子を授かって、息子の発達が定期発達ではなかったり、食物アレルギーがあってみんなと同じように出来ない場面が多くなると、本当に嫌で嫌で仕方なかった。

違う違う!そうじゃ、そうじゃな~い!っと、歌いながらツッコミたい所存だ。


私はこれから、東京のベットタウンで小さな公園で遊んでいると生協や宗教の勧誘に声をかけられて本当に行き場がなくて発狂寸前だった、むしろちょっともうだいぶもう発狂していた当時の私が欲しかったものを次々に実現させていこうと思ってる。

話を聞いてくれる場所。

共鳴する仲間との繋がり。

自己理解を深める場所。

それらをやってみよーって、で、まずはブログっしょ!っと意気込んでいたものの、いざブログ書こうとすると全然案が出てこなくてフリーズですよ奥さん。


多分ね、私の中のエゴが変わることを恐れている。

私のホメオスタシスが、変化を恐れている。

そして何より、当の本人である私の「完璧にしないと」とすぐ意気込み過ぎてしまう特性が邪魔をしている。


もっと気持ちを楽にして、ふわふわ~っとやってきましょう。

















2021年9月7日火曜日

はい、深呼吸~~

 誰もいないこの場所が、一番楽に呼吸するように言葉が出てくる。

一体、誰の何を気にしてんねん!って話だよね。

だって、この世界には、本当の意味では"わたし"しかいないのに。

誰の目線を気にしてるんだか。

誰かに届けよう!!って思うのももはや、それすらも重いかもね!

軽やかに、軽やかに。

いきまっしょい!

2021年9月6日月曜日

自分の言葉探し

 セッション業を、本格的に始めようとしている。


でもね、まったくプロフィールが書けないの。


今日なんて、朝の9時かパソコンとノートを交互に睨みつけ、たった数行の言葉を紡ぐのに9時間経過しているありさまだ。


なんで、こうなったのか、その理由は明白で


私は今、猛烈に「プロフィールの正解」を探している。


私の登録しているライン@は、いかに効率的に読み手に刺さる言葉を紡いで、商品を売るか、みたいなコンサルの人ばかり。

あまりに"意図"がこってりすぎて胸焼けし、そのほとんどはブロック済みとなった。


いつからだろう?

こんなに、SNSが当たり前になったのは。


正解のいろはが固定され、テンプレートの誘い文句で溢れる世界。


人の心理を利用して、チカチカと眩しく「こっちを見てよ!!」と主張する明朝体たち。


そして、「30秒あれば人の心は掴めます」とドヤァと特徴的な順番で喋る、シンガポール在住の若社長。

なぜ、成功するとみんなこぞってピチピチのパンツをはきはじめるんだろうか。


あーーーーーーーーーーーーーーーーーー


こんな、誰一人として見てもいない場所ですら、自分の言葉が喋れなくなってしまっている。


いつの間に、私は自分の言葉を失ったのか。


怖いよ~怖いよ~


私は、私だったはず。


成功の哲学なんて知らなくても、心を込めて作った1000円の古着リメイク人形を買ってくれる人はいたし、


人に刺さる言葉のテンプレートを使わなくたって、私の言葉を拾ってくれた人は、いたんだ。


いつだって、一人から始まった。


だから、大丈夫。


2021年8月13日金曜日

今や幻となった癒しの架空空間、インターネット。

 インターネットとの初めての出会いは、兄のPCだった。


夜10時を過ぎると、ADSLだがなんだかのダイヤル式の音が隣の部屋にある兄の部屋から聞こえてくる。


ぴーーーーーーヒョロヒョロヒョロ


電話代が安くなる10時以降でないと気軽に繋げないインターネット。

でもそこは世界と繋がっていて、多くの人を魅了した。


私は当時中学生だったから、その魅惑の箱の可能性については未知そのもの。

そして何より、ちょっと触れただけで壊れてしまいそうで、なんだかおっかなかった。


デスクトップのスリープ画面は、当時大好きだった子供番組のウゴウゴルーガでおなじみのキャラクター"みかん星人"で、その画像を見たさに、意味なく兄の部屋を覗きに行ったりもしたっけ。



専門学生になると、バイト代をためて、一台のノート型PCを買った。

10万円の、ソフテック的なやつ。


そして、そこから私のSNS大航海時代が始まったのだ。


大航海といっても、もっぱら私の居場所はmixiだった。

趣味はPC、その時間の多くをmixiで過ごした。


当時付き合っていた彼氏は、フリーライターでPC仕事だったので、二人で並んでラッキーストライクを煙らせながら、たくさんの時間を過ごした。


SNSの過去記事を消したことは、特にこれといった後悔をしたことがないのだけど、mixiの日記だけは、消さなくても良かったな~っと、たまにふと物悲しい気持ちになる。


Instagramもアメブロも、今やつまらないただのテンプレ養殖場になった。

見たことのある写真、読んだことのある文体、そんな"売れるためのアルゴリズム"に満ちた場所は、心底つまらないし、反吐がでる。


あの、純粋な楽しみで満ちていた、心の充電をしてくれるようなインターネットの世界は、一体どこへ消えてしまったんだろう。


知らない人と繋がる歓び。それが当たり前になった悲しみ。いつでも誰とでも繋がれるから、目の前の人を大切にしなくなる。

そんな悲しく冷たい世の中になってしまったんだな、と、インターネットの世界を覗くたびにため息が出ていた。



だけど、久しぶりに、そんな暗たんとした気持ちを明るくしてくれたのは、noteだった。

もう一度、純粋な気持ちだけで、書いてみようかな。


そんな明るい気持ちが、ふわっと香ったのが、noteだった。


そして、この場所もまた、私の癒しだ。


もうさ、書き方の基本、とかどうでもいいじゃん。


誰が"基礎通り"のロックに胸を躍らすの?


誰が"お手本通り"の絵画に、涙を流すの?


いつだって、人を感動させるものは

枠からはみ出て、"通り"を外れたものたちなんだから。


さぁ、今こそ、枠を出よう。








2021年2月23日火曜日

言葉の重さ

 私は、西加奈子さんが好きだ。

そして私は、小さい頃から、好きな人の真似をするのが好き。

っということで、昨日から私は、トニ・モリスンの『青い眼がほしい』を読んでいる。

西加奈子さんが、『まにまに』というエッセイでおススメしていたし、ヴォーグのYouTubeでも紹介していたから。

好きな人、尊敬する人がいつの日か感銘を受け、脈々と影響を受け続けているものがあるならば、見ない理由はないではないか。

そして、今、頭が最高に重い私がいる。

ふと目を庭にやると、ピンク色の可愛い花をたくさんつけた、大きな梅の木が2本あって、それはもう見事な、「春」という言葉を完璧に具現化した風景が並んでいる。

なのに私は、子供とも大人ともつかない、宙ぶらりんで不安定な年齢の子供特有の憂鬱をたっぷり吸い込み、黒人という人種を取り巻く、暴力的で排他的な空気の中で生まれてしまう悲しい景色を、どうすることもできない場所で見つめているのだ。

そもそも、そこまで本を読んでこなかった人生なので、アメリカ文学自体に触れたのが"長靴下のピッピ"以来だし、それを読んだのは小学校の時だった。

だからなのか、とにかく、言葉が重い。

モリスンの放つ世界観は、西さんがおススメするだけあって、それこそもう言葉にできないほどの濃厚さを持って、ジュー!っと言葉が胸に焼き付いてくるくらいの世界観だ。

そしてそこに、モリスンや登場人物達の、切実さや、自分ではどうすることもできない心情が、個体とも液体ともつかないくらいにふやけたオートミールのように、ドロドロに重く、ただそこに在る。

これが、文学的にどんなに素晴らしいかを語るには、あまりにも浅はか過ぎるので控えるが、"言葉の力"というものが、全人類に開けている大きな希望の光であることは、それだけはしっかりと掴んだ。

境遇も環境も、何もかもが違うピコーラと私が、分け隔てなく持っているのは、言葉を動かす力、だ。












2021年1月26日火曜日

表現のスタートライン

 言葉が、重い。

重い言葉には、たいがい「他人から、こういう風に見られたい」という欲求が含まれてる。

それこそ"想いが重い"なのだ。日本語って、よぅ出来とる。

今年は書く年にするぞ、っと密かに決意してもうすぐ一か月。現実を見ると何一つと進んでいない。チーン。

だけど、心の方はすくすくと根を生やし、健やかに根を張っている。はず。

目に見える世界にだけ重きを置いてきたけど、それはやめたの。

だって、つまらないから。

私は私のペースで進むし、自分を面白がろうって、決めたの。

今すぐお金になる、とか、そうゆう類の世界から一抜けぴして、今私が出来ることをコツコツし続けること。それしかできないし、それが出来ればいいんだと思うんだ。

こうやって話し言葉のようになら、言葉ってすぐにあふれ出てくる。

あぁ、なんだ、これでいいのか。

つまり、書くって最大の自己受容だ。こんなんじゃだめ、こんなんじゃ評価されない。そうやっていつの間にかガチガチに固まってしまう。

こんな私でも、私は丸ごと愛しているよ、そして愛し続けるよ。

そうゆう気持ちさえ心にあれば、私は自由に世界を飛べる。

安心して、自分を愛そう。表現の出発点は、いつだって自分を愛する心から生まれるのだから。

2021年1月18日月曜日

とりあえず、書ききる。という習慣

 何事も、始めるのは簡単だ。だけど、続けるとなると、途端に難易度が上がる。そして、"やりきる"となると、もうそこには限られた勇者しか立っていない。全日本国民総出で威勢よくスタートラインを踏み越えたとて、"最後までやりきる"というゴールテープを切り、華々しいラストを迎えられる人は、入園制限中のディズニーランドの来客数くらいなものだ。

「空いてていいね~」だ。ほんと、最後までやりきれば「空いてていいね~」が味わえるんだ。でも人は、ディズニーランドへ向かう京葉線始発、東京駅の時点で相当数が電車に乗ることもせずに脱落する。勇気を出して乗車したものの、地下の暗さに耐えきれず八丁堀で脱落し、「これ、イケるぞ!」と越中島までは順調だった者も、数分足らずに「地上に出ても、工場ばっかじゃねーか!」と潮見で憤怒しながら脱落していく。ここら辺を過ぎた頃になると、ゴールの感触を少しでも早く味わいたいがために、新木場で下車し、夢の島熱帯植物館をゴール設定へと上書き変更する者まで出てくる。無論、本当のゴールではないので脱落だ。そこまで何とか耐えきり、荒川の橋を悠々と渡る猛者たち。車内を見渡すと、自分なりに移動の楽しみを見出したもの、エアポッドから流れる音楽に夢中なもの、吊革を掴みながらミッキーマウスマーチを唱えるものなど、心の道のりは千差万別。しかしそんな猛者たちが悠々と荒川を渡りきる時、思わぬ敵と対峙することになる。舞浜直前の大難所、葛西臨海公園駅だ。大きなネズミのカップルも、はちみつの香りがする黄色いクマさんもいないけど、ここには砂利のような砂糖粒をたっぷりまとったカリッカリのチュロスがある。水槽の中でタートルが饒舌なトークを繰り広げたりはしないけど、奄美大島で養殖された見ごたえ抜群のマグロが

2021年1月16日土曜日

寝起きの眼差しに宿る神聖さよ

毎朝、家族より少し早起きする私には、楽しみな光景がある。

それは、寝起き直後のぼんやりとした息子が、2階の寝室から階段をトン、トン、っとゆっくりと下り、襖を開ける瞬間だ。

子供の眼差しはいつもまっすぐと真正を貫いているけど、寝起きの眼差しは特に神々しさを感じる。
その優しい眼差しが私を捉えたとき、ニコッと微笑み「おはよぅ」っと言葉を発する時、「あぁ、母親業続けてきてよかった。」っと心底感じる。

しばらくすると、そのまっすぐな視線はYouTubeに注がれ、目つきも若干変化する。
まるで、朝の澄んだ空気が徐々に色んなものを孕んでいくように。

だから、朝採れ野菜のようなみずみずしさを、朝一番に頂きたい。
それが、今の私の楽しみな光景。

2020年12月3日木曜日

自分の声に太陽をのせて

 "シェアすることは、愛を配ること"


色んな情報を鵜呑みにしたのは私。だけど、それを生き方にしてしまっていた時期も過ぎて、私はこれから一体何が出来るだろうか、っという状態で空を見る。


広い空。自由な雲。それは、姿を現すも表さないも自由な世界。

何かを伝えたいときだけ、雲という物体に宿り姿を現す存在もいて、それはまるでインターネットの世界と同じだと気付く。


私が自由に私の言葉だけで語れたら、どれだけ自由なんだろう。

そう思うけど、なかなか自由に飛び回れない。

鳥かごの中に居すぎて、飛び方を忘れたインコみたいだ。

家の中なら飛べるけど、大空を羽ばたきたいとも思うけど、外は大きい鳥もいて、寒くて暑くて安全で安心な餌や水もない。

そう教え込まれて体に刻まれているインコでも、飛んで行ってしまうことがあるように。

身体には「自由に飛び立ちたい」っという願望が元々備わっているのかもしれない。

愛玩具であることから卒業し、自分で生きる道へ。

自分が窓すらも開けられる身なのに、すっかり調教されて教育されてしまっているのように感じ、あぁ私はインコではなく従順な犬だったのか!っということに気づく。

そういえば、昔からゴールデンレトリバーみたいだと言われていたっけ。

自由に放浪することよりも、誰かに飼われた方が幸せに感じるように、もうそのように出来上がってしまっているんだ。

主人を自分にすればいい。ただそれだけのこと。

自分に従い、自分で生きろ。

それは例え飼われた状況の犬でも一緒だ。


さぁ、立ち上がって、自由な世界へ愛を放とう。







2020年11月13日金曜日

そんな夜

今、息子が2階で一人で寝るチャレンジをしてる。

別にそんな大それたチャレンジじゃないんだけど、たまたま私がまだやりたいことあって、でも息子は眠くて、私は添い寝できる心境でもなく(心のバランスが崩れている時に添い寝するとイライラするだけなので、双方にとって良くないのでやらないことにしている)

結果、チャレンジなう、なのだ。

そもそも、小2って添い寝必要だったっけ?って思うの。
私は2歳上のお姉ちゃんがいたから、そもそも添い寝してもらう習慣があまりなかった。
けど、確かにお母さんが寝る前に居てくれると温かくて安心したし、寝る前に聞かせてくれた物語は未だによく覚えてる。

でも、小2ではなかった気がするんだよな~。

息子は一人っ子だから、とにかく甘えん坊。
でもって、旦那はその甘えっこに拍車をかける甘やかし育児スタイル。
そりゃそうなるわな、って方程式だけど、普段息子と過ごす時間が圧倒的に多いのは私だから、甘えスタンダードにされるのもちょっと困るわけですよね。

ってことで、私は本当はもっと書きたいことや書くべきことがあるのに、
こうして駄文を書いて終わろうとしている。

アウトプットって簡単だけど、すぐに難しくなる。

色々と本気出してやろう!って思っているのに、いつもこの繰り返しだ。
それでもゆっくりじっくりと上昇しているんだけどね。
今夜はなんか焦っちゃった。そんな夜。




2020年6月4日木曜日

羽音ひとつで大航海


オオスズメバチの羽音は、怖い。


他の虫とはひと味違う、あの重低音。


あれは、


『え、べつに、いつでもやってやんよ?』


っていう、宣戦布告に思えてならない。


なんなら、不意を討って

こちらを襲ってきそうで、とにかく怖いのだ。




もしも前世があったなら、私は一度、スズメバチに襲われて死んでいるんじゃないだろうか?

そう思わずにはいられないほど、小さい頃から虫の羽音に敏感に反応していた。

都会育ちも相まって、その過剰反応を克服する機会もないままで大人になった。

そして、大人になってから、自らの意志で山の中で暮らし始めたのだ。

人間って、不思議だ。

私にとっては、右にお台場、左にディズニーランドという景色が“故郷の景色”なはずなのに。

大人になって、恋しさが募るのは

何も考えずに山や緑を見つめ、土を耕し、海を眺める生活だったのだ。

きっと、故郷ってものは、この世で生きた数年なんかより

もっと回数を重ねて私の魂の深いところに刻まれているものなのかもしれない、と思う。


そういえば、以前“守護霊を絵に描く”というセッションを受けたことがある。

知り合いの助産師さんは、羽のついた可愛い赤ちゃんに囲まれていたり

背後に宇宙の渦巻くエネルギーを背負った未来型の男性がついている、なんていうパワフルな人もいて、

一体私の背後にはどんな風景が描かれるのか、と

とてもワクワクしながら向かった。

私の守護霊って、男性なのか女性なのか。

大人じゃなくて、子供って可能性もあるのか〜。。なんて期待してセッションを受けた。

さっそく、順番になり、絵描き(?)の方の前に座った。

私を視ているようで、私の瞳の奥を視ているような不思議な時間。

サラサラ〜っと書き終え、色紙を受け取ると、

私は驚くしかなかった。


『・・・え?人間じゃないの?』


そう、私の守護霊は“自然”だったのだ。

木や山、草原、風。

私の守護霊は、自然そのものだった。

そう考えると、私の今の暮らしはとても心強い。

四方八方を山に囲まれ、家の隣に川まで流れている。

守護霊にみっちり守られているから、天然SECOMだ。

たしかに、夜旦那が不在の時に

「今、この家に泥棒が入ってきたらどうしよう・・・」

っと、急に猛烈な不安に襲われることがあるのだが、

そんな時は必ず、静かな夜の庭からささやくようにかすかに聴こえる

竹の優しいサラサラ〜っという葉の音が


『大丈夫だよ』


っと、言ってくれているような気がして、

いつの間にかに熟睡しているのだ。


















2020年5月14日木曜日

耳をすませばが、好きだ。
原作である柊あおいの漫画版も好き。

あの、10代前半にしかない、世界に向けた胸の高揚感がとにかく好きなのだ。

といいつつ、自分が10代前半だった時は、あまりにも自分の心が多感になりすぎていて


『早く、目の前の物事に対して平然としていられる、大丈夫な私になりたい』


っと切に願っていたことを今でもよく覚えている。

そう願わずにはいられないほど、10代前半は心がむき出しなのだ。


色んなことを一通り経験し終えると


『なんだ、世界はこんなものか』


っと、急に色んなことが平気になる。

そうすると、あの時あんなにも世界に向けて緊張していた気持ちが
急に恋しくなってくるから不思議だ。

あんなにも心から願っていた“平然”は、実は世界に対する“落胆”だったのかもしれない。

つまり、10代前半の私は、まだ世界に対して大いなる期待に胸が膨らんでいたのだ。


34歳になった今でも、私はこの世界のほんの一部分しか知らない。

今ベランダから侵入してきたアリが、この家の全容を把握するのが恐らく不可能であるのと同じくらいの比率で、私はこの世界をきっと一生かかっても把握出来ないだろう。

それどころか、砂糖粒でも落ちてないかと足元ばかりをうろつくアリと同じく、自分の足元ばかりをうろついて餌を探しては、巣に戻ってせっせと卵を育てるのだろう。

生活とは、そうゆうものだ。




















2020年4月4日土曜日

守られる聖域

まだ、小さかった頃の話だ。


私はとにかく“ちいさな世界”が大好きだった。


昔のシルバニアファミリーは、材質が今のようなプラスチック製じゃなかったから
それはそれは胸が躍った。

西洋風な食器棚やタンス、階段、木枠の窓もオシャレだった。



お祭りの日の露店で、運が良ければ買うことが出来るガラス細工も胸が躍った。

鶏の親子とアヒルの親子、熱帯魚やちょっと不細工なブタ。

龍に青と赤のカニ。

ちょっとずつ集めては、勉強机の一角に世界を創った。

それぞれの場所にそれぞれの仲間を集めて、綺麗に並べて眺めたものだ。



未だに私は、細々したものが大好きだ。

小さな世界にめいいっぱい、物語を詰め込む。

聖域のような場所を、あちこちに作るのだ。



こんな些細な趣味にも及ばないことを、

大切にしていこう。

多分、私が守らなくてはいけないものは、

こうゆう小さくて気を抜いたらすぐにでも忘れてしまうものたちだ。


人それぞれに、必ずある

自分の中の、聖域だ。






















2019年12月23日月曜日

いつもの調子で

私は、私の道をいけばいい。


っというか、どうせ人は、自分の道しか歩けないのだから、

さっさと諦めて歩き出せばいいのだ。


人と違うことを気にしたり、人と揃えようと必死になったり。

人を基準に生きることを、早々に辞めればいいだけなのだ。


こんなことを言うことすら、本当はもの凄く恥ずかしい。

だって、私の好きな人達は、みな自分に夢中で生きているから。

こんなにも人のことを気にして生きてしまっている私は、なんて狭い世界で生きてしまっているんだろう、と、ものすごく恥ずかしく、惨めな気持ちになる。


でも、気付けたら、気付けただけで全てが変わる。

変わっていこうと、頑張る自分は、好きなんだ。


散らかってたって、いいじゃないか。

進むことこそ、大切なんだ。





















2019年10月24日木曜日

どこか一カ所


人生という名の、広大なフィールドに

どこか一カ所、心の底からくつろげる場所があれば


人は、生きられると想う。




その“場所”は、今存在しなくとも、

過去、未来、どんな場所でもよいから

どこかに一カ所、ソレがあれば、生きて行けるんだ。




例えばそれは、




おじいちゃんが撫でてくれた、頭の感触とか

その時香っていた、つつじの甘い匂いとか

おばあちゃんの優しい眼差しとか

お母さんの膝枕の温もりとか

お父さんの人懐っこい笑顔とか




それは、誰だって、何だってよくて。



お肉屋さんのおじいちゃんおばあちゃんの優しさだったり

酒屋さんの面白い会話だったり

八百屋さんの威勢の良い声だったり



友だちと見つめ合い通じ合った瞬間の喜びだったり

夢中で魚を追う、真剣さだったり

胸を満たす、あの日の夕陽だったり




自分の人生の中に、

宝物はもうすでにたくさん在って



それは無限に引き落とせる貯金のようで

実は記憶は、億万長者だったりするのだ。




どこか、一カ所


たった、一カ所



それだけで、人の人生が変わるなら


一カ所くらいなら、

今居る目の前の人と一緒に、創造できると想うんだ。




愛に気付くまで、

愛は何度も、問いかけてくる。



愛はいつもそこで、

優しく、在り続ける。





今日というこの瞬間にも、


心憩える“瞬間”が、

世界にたくさん、産まれますように。




















2019年10月16日水曜日

表現は瞑想

自由な表現は

瞑想のように思う


世界を信用することは

自分を信用することだ


世界にまた優しくなれたら

自分にまた優しくなれる


私は表現を愛する

私は自由を愛する


それは

どこまでも広く広がる世界のお話