2015年5月7日木曜日

言葉

随分と長い間、大切な言葉を忘れていたように思う。

他人の価値観と、自分の価値観の境目があやふやになり
自覚のない迷子状態となった時から、私にとっての宝物だった言葉が、消えていたのだ。


私は常々、人から影響を受けやすい。

良い意味で、飲み込みが早く
悪い意味で、流されやすいのだ。

色々なメソッドのようなものを見聞きしているうちに、一番大切な「自分」にとって
何が大切であるか、がわからなくなっていた。



そうだ。

私は、日々を丁寧に、生きたかったんだ。

愛と感謝が、日常に根ざした日々。
いつだって、笑われるのが怖くって、口に出して言えたことなんて、なかったけど。



いつも、愛情を感じていたい。
それは、外からだけでなく、もちろん自分の中からも。

自分が愛色に染まるとき、世界が愛色に染まることを、知っているから。


いつも、感謝の中を生きたい。
そこが、幸せの香りに包まれていることを、知っているから。



柄じゃないね、と笑われるだろうか。
変わってるね、と目の端で見られるのだろうか。

でも、恐れるものなんて、本当は、ひとっつもないんだ。



決めた。

私は、愛と感謝のど真ん中を、歩く。




ありがとう
ありがとう
愛しています





2015年5月5日火曜日

言葉じゃないもの

さっき、ウサギのハルが、話しかけてきた。


あれ?って思う。
なんで、言いたいこと、すぐにわかるんだろう?って。

もちろん言葉はなく、犬や猫のように、大きなアクションで求めることもなく。

鳴くでも噛み付くでもなく、ひたすらに、こちらを見つめてくる。


それでも、9年連れ添った仲がそうさせるのか
ハルの言いたいことが、いつの間にかわかるようになっていた。




言葉の持つ力。

本が好きだから、言霊の力を信じてるから。

色々な理由があるけれど、私は、言葉の力を、信じている。


だけど

こうやって、言葉無く、触れ合う関係の中で
互いのことを「感じる」という行為の大切さを、痛感する。


ハルは、私を「感じて」いる。
私も、ハルを「感じて」いる。

ただ、それしか、存在していないけど。
愛し合っているのが、それだけで、充分すぎるほど実感できる。


ひっさしぶりの、焼き肉&生beer♡


先日、携帯が、二回も壊れた。

急に暗転する携帯に、もちろん心も同時に暗転した。



正直、もう携帯の無い生活に戻りたい。

惰性で開く、SNSとか
どんどん複雑化してくる、不信感たっぷりの料金体制とか
その存在だけで、心が重くなっていた。


携帯がなければ、もっと軽く生きれるんじゃないか

私が、携帯を持っているのか
携帯が、私を携帯しているのか

へんな迷路に、入ったみたいだった。

色々考えた中で、なんとなく、わかったこと。

それは実のところ、携帯へではなく
本当に必要なことや、本当に大事なことがわからなくなってしまった
自分自身に対しての、心の重さだったのかもしれない。


夏色夜空の澄んだブルー


結論。

ハルとの目だけの会話のように
「感じる」ことで、共有しよう。

綺麗な花を、見るでもよし。
温かな毛布に、くるまるもよし。

感じて、にっこり、笑い合おう。



2015年4月29日水曜日

チャーミングな光で

人間という入れ物の中に、希望の光が見えるときがある。

そして、そのたいていは、日常の景色にそっと溶け込んでいる。
あくまでも、私の場合、だけど。

今日は、美容室にいた、おばあちゃん。

頭に無数のカーラーを巻き付けられながら、やっと組めたその足の上で、必死にメモをとっている。


『このメニュー、覚えておけるかしら』

オレンジページをめくりつつ、美容師さんに聞くおばあちゃん。

『だいたいのお客さんは、携帯で写メ撮って帰りますよ。撮ってみます?』

『私、携帯持ってないもの』

このような会話を経ての、必死のメモ姿。


どんなレシピを、書いてるんだろう。

誰に作ってあげるんだろう。

必死に書き写す姿が、とにかく愛おしかった。


きっと、神様が人間を見て微笑むときって、こんな感じかな。
人間って、本当は、とってもチャーミングで可愛い存在なんだ、って想い出す。
特に、子供とおじぃ・おばぁとの触れ合いを通して。


美容室で見つけた、可愛い時計

私が今住んでいる街は、もともと下町で、今は集合住宅まで出来て、人が多い。
家と家が近過ぎて、正直、息が詰まりそうになる。

でも、そんな距離の中から、光を探すことも出来る。
そんな光は、いつだって、人が運んでくれるんだ。


いつだって、小さな光を見つけられる人であろう、と思う。

そして、そんな私も、誰かの光になりえることを、忘れないようにいたいと願う。





2015年4月27日月曜日

つつじの咲く場所

この世で一番、好きな花。
つつじ

小さい頃から、どこへ行っても咲いていた。
道路ばかりの住宅地。
排気ガスばかりの道だったろうに、いつも綺麗に咲き誇ってた。


先日、移住予定の大磯へ行ってきた。
緑豊かなその土地にも、つつじが咲いてた。

いつものつつじだけど、なんだか嬉しそうにキラキラして見えた。

同じように綺麗に咲いてるように見えるけど
そして、どんな環境でも咲くことは出来るけど
そこで、人の心を癒すことだってできるんだけど

やっぱり、自分にとって嘘偽り無く、さいっこー!に気持ちの良いところで、咲きたいな。



緑の絨毯を進む


春はいいな〜


っということで、今年中には、お引っ越しできそう。

念願の、夕陽が綺麗に見える場所。

海も、山も、空も、空気も

心から、愛し慈しみを感じれる場所。


念願だった、自分の、自分達の「居場所」
やっと、出会えた。


この新しい流れにそって、生きていこう。

2015年4月16日木曜日

夢便り

夢に出てきた人
夢でうわーーーって沸き上がった感情

何かのサインのようなものでも、ちょっと時間が過ぎれば忘れてしまう。

けど、今日は、現実に響かせてみた。


とっても勇気がいったけど、響かせてみたら、なんのことはなく。
とっても素敵な、ありがとう、というプレゼントを頂きました。


啓示って、ほんの一瞬の衝動。
それに正直に従えるかが、いつも分かれ道。



昨日今日と、大きな勇気の小さな一歩を踏んでみる。

ついつい忘れてしまう、いま、はこの瞬間にしかないこと。
だから、魂まで響くことを、小さく小さく積み重ねたい。

天気予報が雷雨だったとしても、今晴れてるなら、布団を干したい。
今出てる、太陽の光を、存分に活用し愛したい。

そんな、小さい積み重ね。
でも、いまを味わうって、そうゆう小さなことだと思う。

2015年4月13日月曜日

秩父の想い出

東京で生まれ育った私の、身体が覚えている『自然』の感触。
そのほとんどが、ココで育まれたように想います。

秩父の奥地へ、20年ぶりの再会を果たしてきました。


1500万年前に生きてたもの達が眠る、ようばけ。
「ただいま!!!」って叫びたくなる。


小さなお母ちゃんが、たくさん遊ばせてもらった赤平川

を眺める、息子


20年も行かなかったのは、正式には、行けなくなった場所、で。

大人と子供の中間地点に、やっと足を踏み入れた頃
それまで育んでもらっていたあらゆる『場所』が、目の前からなくなったあの日。


久々の暖かい春の青空
満開の桜と燃える菜の花


20年ぶりに行ったそこは、変わらずそこにあったけど
20年という歳月を、胸一杯に感じずにはおれませんでした。



祈りをこめて、プレゼントした絵

ワイルドに咲き誇るたんぽぽたち

雨予報だったけど、ほとんど雨も降らず
土地に歓迎してもらえると、本当に嬉しい。


大地と自分との記憶

存在するってことは、常に交換し合うモノで。
交換した記憶は、存在する限り残るんだな。

小さな頃から、来れば必ず一緒に遊んでくれた桑の木
桑の実の味、なつかしい

贅沢な絨毯
息子も大満足で転げ回ってた


懐かしい柱時計の音と一緒に、気配を感じる。


今、自分の目の前のことを味わい尽くすのに精一杯で
全てがどうしようもなく刺激的で
頭の中には「楽しい」って文字しかなかった、あの時の私。


火ってどうすれば大きくなるの?
カエルって触っても死なないの?
芝刈りってこんな楽しいんだ!
木になってる実、そのまま食べていいの?

子犬みたいな、ほんともう、好奇心の塊。


ゴーーーーン、ゴーーーーン、ゴーーーーン


20年前と変わらないその音と一緒に
その塊が、ふわっと舞い降りてくる。




気付けば遠くにきたもんだ。

「楽しむ」という単純なことを、何度も立ち止まり、心して。
そうしなきゃ、すぐに忘れて、頭でっかちになってしまう。


このタイミングで、行けて良かった。
自分回帰の旅。


秩父よ、本当に、ありがとう。

2015年4月8日水曜日

浄化デラックスから縄文と私。

《春の大浄化スペシャル2015〜小さな頃から持ってきたもの〜》
春の特番みたいな名前を、ついつけてしまいたくなるような、そんな日々でした。

浄化を辿ると、いつから始まったか想い出せないほど。
終わったと思ったらまた出てくる、モグラたたきみたいな浄化ゲーム。

小さな頃から、ぎゅっと固く握りしめてきたものを
ようやっと、手放せたような気がします。


しかし、先日の満月(&皆既月食)は、凄かった。。
これでもかってくらい、お腹まで痛くなって
どどどどどーーーー!!!って、雪崩のように、出てきました。

もう、私、飛べそうだよ。

ママの浄化期間、横でずっと見守っていてくれた坊。


そう、キリとの出会いが、大浄化の始まりだった

初めてのクリスタルボウル。
これが、腹痛を起こすまでの浄化を強力サポート!

地球と踊る女神。
どんな色彩をまとおうか。。


なんだか、山梨とご縁が深まりそうな今年。
水と空気の神聖さに、とりこになった八ヶ岳へ。

マンホールオタク。
旅先のマンホールは、つい見てしまいますね。

ポカポカで気持ちよかったな〜

念願の、キッチンオハナへ!
パパさんの愛情と情熱を感じる一皿

長距離ドライブから解き放たれた男。
なんて絶妙な表情するんだ。笑


今回の八ヶ岳では、縄文土器から素晴らしい助言を頂きました。
貸し切りの美術館で、じっくり土器と話し合う私。


どんな時代でも、私は、味わい感じて楽しもう。
そんなシンプルだけど一番大切なことに、戻ってこれた旅でした。