2019年9月20日金曜日

手前味噌とはこのことか

手前味噌、なんて言葉

普段なかなか口にしないけど。


この場所の私の言葉は、

とても癒される。


これが、世に言う

手前味噌、か。


ならば、喜んでお味噌を仕込もう。

心から気持ち良くそう思うほどに、

自分の心から、まっすぐと溢れる言葉達が好きだ。



世界一周の旅を終えた旅人が、

自分の生まれ育った土地に帰ってくるかのように

ここ数年、ずっと旅をしてきたが、


やっと今、

自分がはじめに居た場所へと帰ってきた。


世界をぐるりと見渡して、

色んな音を聴き、

色んな価値観に触れ、

やっと、私は私の場所へと舞い戻ったのだ。


不思議。

とても不思議な感覚。


でも、私は自分にとって最高に居心地の良い場所を

本当は、知っているんだ。


外側に対して強く表現してきたものは去り、

内側に響いてきたものだけが残る世界。


嵐の後にある、目の前のキラキラした世界が、

今日も私を癒してくれる。




















2019年9月5日木曜日

ひょうたみさん

元気だろうか。


4年前?5年前?


浅草の、あの空間で

ひょうたみさんの唄を聞いた。



私は未だに、

海や空や空間を浄化したい時、

祈りたくなった時、

ひょうたみさんの唄を、口ずさむ。




この場所が

愛に、愛に、

満ち満ち溢れますように。。。


この魔法の唄は、

ホ・オポノポノのように

効果覿面で、

目の前の“今ここ”を癒す。




ライブへ行った4、5年前の私は、

赤ちゃんを産み、初めて夜に1人で外出したのだ。


赤ちゃんといっても、息子はもう2歳くらいで、

いつでも出れたはずなのに。



あの夜のひと時の外出は、

ふわふわしていて、夢の中みたいで

肩にのっていた、重い重い漬物石をどけられたような体感で。



嫁も、母も、妻も

よくわからない肩書きみたいな在り方を、

置いてこられた、体験だった。



浅草で、大好きな仕事をし、

楽しいお客さんと日々出会い

旦那さんとも出会った。



旦那さんとの初デートは当たり前に浅草寺参拝だったし、

父と母が家庭をつくって初めて暮らした土地も浅草だ。


その所以で私の本籍地はずっと雷門の住所だったし、

浅草を思うと、ご縁が深くてめまいがしそうになる。



でも、間違いなくあの場所は

私にとっての大事な場所で、

沢山の“私”にとって、大切な場所なのだ。



今は、中国なのか日本なのかわからないくらい

中国人ばかりが歩いているけど、

それも、10年後はどうなっているのか

わからない。



そうやって、時代は変わり

でも、変わらずに在り続けるのは

その土地を愛する、純粋な恋心だ。




ひょうたみさんのチャントを聞いて、

心の奥が震えた。

来週、やっと

古典フラのチャントを習いにゆけることに。



私に、あの魔法は使えるのだろうか。

考えただけで、身震いしてしまうな。




なんのご縁か、

私はひょうたみさんと同じタイミングで、

山の中へと引っ越しをした。

畑を耕し、庭をつくった。



まだ、東京に住んでいて

酸素が足らない金魚みたいに

あっぷあっぷで生きていた頃。



偶然見つけたひょうたみさんのブログをみて

強烈に思ったんだ。


「なんで、私はココにいないんだろう」


宮古島の、溢れる豊かさを映した写真たちは

色濃く生命に溢れている写真たちは

真っすぐに、純粋な光となって

私の胸を、簡単に貫いた。



あの時の音を

いま

なぜか、思い出す。


あの時の光を

いま

なぜか、思い出す。




あそこに、私がいるんじゃないか。

あそこに、大好きな私がいるんじゃないか。



思い返すと、わかる。


私は“わたし”を探し始めた頃から

“わたし”を失い始めたことに。



純粋な、心の反応をみて

私は、心を満たしてきていたんだ。



いま、理想に描いた山暮らしをし、

いつの間にか、傲慢になっていた心に気付く。


あさましい

はずかしい


穴があったら入りたい、とはこのこと。



自我を捨て、


真我を生きよ。



これに、尽きる。