2026年3月18日水曜日

久しぶり

 絶賛、変革期中。

相変わらず、毎日右に揺られ左に揺られ、と揺らぎを繰り返すのは、てんびん座の宿命なのでそこは気にせず。

そして、セラピストさんに言われた言葉。

「てんびん座は、人を喜ばすことだけ考えてればいいんですよ」

うん、本当に、金言だ。

私はとにかく、人に喜ばれるのが大好きだ。

誕生日プレゼントを考えるのだって好きだし、ちょっとしたサプライズで物を送ったりもする。

自分のお財布事情とか考えたとたん、すべてから楽しさのエッセンスが抜けていくのがよくわかるしね。

人生って、本当に自由なんだ。

社会に属する部分が増えれば増えるほど、まるでレールの上を歩いているような感覚になってしまうけれど。

人生は、どこまでも自由なんだ。

生きることに希望を見いだせずに、命をとじた人もいる。

そんな人が多いのが、わが国だ。

命。いのち。

命は、意の道。

意とは、意図。

どうしたいか?ど在りたいか?

命を運ぶ我々は、常に問われ、常に体現し続けている。

意図を持つことは、意の道に力を与える。

真に自由に、すべてが許されているこの宇宙の中で。

あなたは、今から、どう在りますか?

わたしは、今日も、自分の振動に耳を澄ませ、これまでともに歩んできた尊いこの肉体とともに、今日という唯一無二の一瞬を味わいたいと思います。

2026年1月19日月曜日

消えた実家を見に行こう

 2025年10月末、別れを惜しむ暇もなく、急流に押し流される形で実家を失った。

すべてを終えたときのブログ↓

https://note.com/malumili/n/n331bc2807fff

あれから、何度も夢に実家が出てくる。
昨晩も。

特殊な(相手側の一方的な要求)形での立ち退きだったので、母は、家財道具がすべて揃っている姉の家に身を寄せることになり、処分しきれない家具をすべてアパートの部屋に置いてきた。

私が小学校に入学したときに買ってもらい、『プリント倶楽部』時代のプリクラがたくさん貼られた学習机も、何十年も食事をしてきたこたつ机も、生まれた時からずっと居た(あった、というより“居た”のだ)母の嫁入り道具である立派な食器棚やタンスたちも。

それらをまるごと、すべてを置いて、実家を閉じた。

だからだろうか。
家具たちは、まるで現世との別れを惜しむかのように、繰り返し、何度も私の夢に現れた。

見慣れた花柄のカーテンは、夢の中に吹く甘い風に揺れている。

もう何十年と入ってなかったお風呂のシャワーヘッドまで、まるで昨日使ったかのような鮮明さで思い出され、

「あぁ、そうだった。懐かしいなぁ」

と懐古の念を抱いた瞬間「あれ?まだ取り壊してないんだっけ?」と妙な現実が混じりだす。

あれから母は、何かと理由をつけ実家があったアパートを見に行っていた。

「まだ、あそこに帰れるんじゃないかってくらい、何も変わってなかった」
「昨日行ったら建物ごと無くなってて、ブルドーザーが地面をならしてたわよ」

母がシングルになってそのアパートに引っ越したのは、私が12歳のとき。
そこから私が彼氏と同棲を始める20歳までと、その彼と悲恋を遂げて出戻った2年、通算10年をこの実家で過ごしてきた。
そんな私ですら、恋しいのだから。

どうにもならない父を見切り決死の覚悟で離婚した母は、そこからそのアパートを借り、食べ盛りの子供4人を少ないパートの給料でなんとか食わし、必死に生き抜いた28年をともに過ごした戦友のような“居場所”を失った母の寂しさは、想像もできないほどだ。

今日はこれから、実家があった場所を見にいく。

わざわざ一時間以上、高速に乗ってくの?
往復で五千円はするよ?
なにか“ついでの用事”で行けばよくない?

そうやって、ずっと「実家を見に行きたい」という気持ちを無視してきた。
非効率なことは、怖いのだ。

だけど、昨日の夢に立ち現れた実家が、あまりに恋しかった。
もう無いはずのカーテンを「まだあるなら、少し切って持ち帰ろうか」と思うのは、まだちゃんとお別れできていない証拠だ。

私は“効率よく、何かを得る”ために生きてるわけじゃない。
今、こんなにも私の胸の奥が恋しがってる場所があるのなら、ちゃんとお別れさせてあげよう。

そう思い、私は家を出た。

私は今、高速インターの入り口にあるスタバで、これを書いている。
これから、地元であった葛西へ向かう。

私は今日、どんな景色と対峙して、どんな感情になるのだろう。

また、書きますね。

画像