2025年10月末、別れを惜しむ暇もなく、急流に押し流される形で実家を失った。
すべてを終えたときのブログ↓
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あれから、何度も夢に実家が出てくる。
昨晩も。
特殊な(相手側の一方的な要求)形での立ち退きだったので、母は、家財道具がすべて揃っている姉の家に身を寄せることになり、処分しきれない家具をすべてアパートの部屋に置いてきた。
私が小学校に入学したときに買ってもらい、『プリント倶楽部』時代のプリクラがたくさん貼られた学習机も、何十年も食事をしてきたこたつ机も、生まれた時からずっと居た(あった、というより“居た”のだ)母の嫁入り道具である立派な食器棚やタンスたちも。
それらをまるごと、すべてを置いて、実家を閉じた。
だからだろうか。
家具たちは、まるで現世との別れを惜しむかのように、繰り返し、何度も私の夢に現れた。
見慣れた花柄のカーテンは、夢の中に吹く甘い風に揺れている。
もう何十年と入ってなかったお風呂のシャワーヘッドまで、まるで昨日使ったかのような鮮明さで思い出され、
「あぁ、そうだった。懐かしいなぁ」
と懐古の念を抱いた瞬間「あれ?まだ取り壊してないんだっけ?」と妙な現実が混じりだす。
あれから母は、何かと理由をつけ実家があったアパートを見に行っていた。
「まだ、あそこに帰れるんじゃないかってくらい、何も変わってなかった」
「昨日行ったら建物ごと無くなってて、ブルドーザーが地面をならしてたわよ」
母がシングルになってそのアパートに引っ越したのは、私が12歳のとき。
そこから私が彼氏と同棲を始める20歳までと、その彼と悲恋を遂げて出戻った2年、通算10年をこの実家で過ごしてきた。
そんな私ですら、恋しいのだから。
どうにもならない父を見切り決死の覚悟で離婚した母は、そこからそのアパートを借り、食べ盛りの子供4人を少ないパートの給料でなんとか食わし、必死に生き抜いた28年をともに過ごした戦友のような“居場所”を失った母の寂しさは、想像もできないほどだ。
今日はこれから、実家があった場所を見にいく。
わざわざ一時間以上、高速に乗ってくの?
往復で五千円はするよ?
なにか“ついでの用事”で行けばよくない?
そうやって、ずっと「実家を見に行きたい」という気持ちを無視してきた。
非効率なことは、怖いのだ。
だけど、昨日の夢に立ち現れた実家が、あまりに恋しかった。
もう無いはずのカーテンを「まだあるなら、少し切って持ち帰ろうか」と思うのは、まだちゃんとお別れできていない証拠だ。
私は“効率よく、何かを得る”ために生きてるわけじゃない。
今、こんなにも私の胸の奥が恋しがってる場所があるのなら、ちゃんとお別れさせてあげよう。
そう思い、私は家を出た。
私は今、高速インターの入り口にあるスタバで、これを書いている。
これから、地元であった葛西へ向かう。
私は今日、どんな景色と対峙して、どんな感情になるのだろう。
また、書きますね。
