2018年8月14日火曜日

自分トリートメント

昔、ティモテに憧れていた

だけど

私が持っていたのはジェニーちゃんだった

このことが

たったこれだけのことが

私の人生を大きく揶揄してくるようで

胸の奥がゾワッとする


私は主婦で

いつだって自由だ

衣食住は確保されていて

餓死する可能性は低い


自由なはずなのに

限りなく不自由で

結婚して数年経った頃から

急に幻想が襲ってくる時がある


私は鳥かごの中に入っていて

扉は開いている

出ようとすれば

簡単に出れるのに

そしていつだって

外が恋しくて鳴いているのに

そこから出ようとしないのだ



旅に出たい、とか

ちゃんちゃらおかしくて

稼いでいないお前に

なんの自由があるのだと

鳥かごの外から

大きな目が、コチラを見ている


たまに首元が苦しくて

あれは見えない首輪だったのだ


いつから私は飼われているのだ

餌をもらい

小屋を与えられ

芸をしこまれ

いつだって飼い主の帰りを待っている


書いていて思い出した

妊婦時代

ゴールデンレトリバーに似てると

旦那に言われ

それからだった

首が苦しくなり

見えない首輪に絞められたのは



愛情を持って飼っていようと

ペットはペットだ

わがままは可愛いと言われ

まったく手の焼けるやつめ!

っと愛されていても

ペットはペットだ

外へ出ても良いけど

必ず帰ってくる

ペットもまた

寝る場所とご飯を食べさせてもらう場所を

愛している

だけどなぜだろう

そこに本当の自由は

無い

だたただ

感じるのだ

そう感じること自体

この恩知らずが!とののしられそうで

怖くて何も言えないのだ






母はいつも

黙っていた

何も言わずに

黙っていた


父はいつも命令していた

意見をきこうなんて

しているところを見たことがない




母は父に飼われていたのだ




衣、食、住があって

それだけで有り難いと思えと

誰が言ったのだろう


災害や戦争

そんな時は強く思う


衣・食・住があってよかったと

有り難い有り難い

家族が居てくれてよかったと

有り難い有り難い


だから

お前は、幸せなんだぞと



今ココ

災害時でも戦時中でもない

今ココで

衣・食・住よりも大切なものが

あることに

気付いてはいけないらしい。



命があって、その命は

誰のものなのか


人は生まれながらにして

誰かに飼われ

そして飼い主から離れたら

今度は自分が誰かを飼うのか


子どもを産み終えて

ある程度手が離れたら

急に子犬を飼い始める人が増えた


何かの世話をすることで

この無音の孤独から目を背けたいのか

わちゃわちゃと日常をかき混ぜて

自分と対話する隙を与えないでいて欲しいのか



私は今日も私と二人キリ

自分だけだけど、

自分がいる。


自分と一緒に

何をしよう

自分と一緒に

何をして遊ぼう




誰も遊んじゃいけないなんて

言ってないんだから

思いっきり

遊ぼうよ


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