昨日から、旦那さんと息子は東京へと消えた。
正確には、東京の旦那さんの実家へお泊まりに行ったのだけど
私からしたら、
私の日常の目の前から、サッパリと消えてしまったので
消えた、という表現がしっくりくるのだ。
蝉が鳴いている。
この家は、広いから
蝉の孵化率たるや。。
そんな訳で、この家の庭は今
ちょっとした、人気の新興住宅のようだ。
風が吹く
窓を閉めているのに
ちょっとの隙間で、吹き抜けていく。
さすが、川沿いの家
私も、あの女性のように
川に飛び込み
滝壺で泳いで
庭の畑と会話する毎日を夢見たものだ
それを夢見たあの頃は
今夏の我が家の蝉事情とおなじく
それはそれは人の多い
人口密集地の密林のような団地に暮らしてたんだ。
人とコンクリートが名産品の密林から
ちらっと覗く彼女のブログは
いつも、自然と愛に包まれていて
それはそれは美しかった
自然と対話する彼女の心の透明さが
透明なのに眩しくて
昨夜遅くに、急に遊びにきた小さなムカデに
すぐさまプシューっとスプレーをかける私は
きっと、彼女にはなれない。
数年経ち、今私は山の中で暮らしている。
彼女と同じように。
条件は、同じようなものなのに
日々見ている景色も
感じている風景も
なぜこんなにも違うのだろう。
私は、一生
彼女にはなれないのだ。
憧れだった、あの透き通った歌声は
私を遠い場所へと連れてってくれたし
自由な眼差しは
私を絶望させたんだ。
いつだって想う
私は、彼女にはなれない
そして彼女もまた
私には、なれない
海の近くに住んでいるが
人が多くて海へは行かない。
川の隣に住んでいるが
おっかないので、降りていかない。
自由になんでもして良いと
与えられた広大な土地があるが
生き物が怖くて
自然が怖くて
怖くて怖くてたまらなくて
畑の野菜の世話も
出来なくなってしまった。
彼女が愛する自然を
私は怖いのだ
彼女が愛する自由を
私は怖いのだ
彼女が唄う愛が
私は怖いのだ
今日もきっと、腹の底をくすぐるような歌声で
彼女は唄っている。
自然を愛し、自然に愛されている彼女は
いつだって、唄っている。
彼女が紡ぐ日常に憧れて
遠過ぎる日常に
涙を流したあの日。
あれから数年経ち
その日常を送る条件を全て手に入れたのに
なにも出来ない
無音の私がここにいる。
ここには、彼女の歌声は響かない
変わるなら、ココから
今ココから、全てが始まる
いつだって、大切なのは
今、何をしているかだ。
愛を生きたいなら、
今ココを、愛で満たす。
音が欲しいなら
今ココで、音を奏でる。
自然を愛したいなら
今ココで、自然を愛でる。
全ては私
私は全て
分離が孤独を産む
だから、今
ココで、ひとつになろう。
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